何気なくつぶやいた言葉
人の心に灯りをともすよりシェア
小林正観さんの心に響く言葉より…
主婦が家の中で「あ~あ、私の人生は、アンラッキーだ。不幸だ」とつぶやいたとします。
それを聞いた夫と子どもは、どう思うでしょう。
きっと、「自分は、妻の(お母さんの)『アンラッキーで不幸な人生』の一部なんだ」と感じるのではないでしょうか。
そして、その言葉を聞いたとたんに、体の細胞がシュンとしてしまうでしょう。
2度、3度と愚痴を聞いているうちに、やがて「あ~あ」というため息を聞いた瞬間にその場から立ち去りたくなり、やがて、お母さんが「ただいま」と家に帰ってきただけで自室にこもってしまうようになります。
では反対に、「いや~、私の人生は本当にツイていて、ラッキーなのよね。すごく幸運なのよね」と何気なく言ったとします。
すると、テレビを見ていた夫と子どもは、潜在意識の中で「ラッキーでツイてる人生の一部を自分たちが担ってきたんだ」と感じ、その結果として体が活性化され、元気になっていくのです。
月に一度、「コーヒーとケーキの集まり」を開いている主婦10人がいます。
ある人が窓辺に立って「夕焼けはキレイだし、庭の花はきれいだし、私は本当にツイている」と言った。
それを聞いた人たちは「この人の『ツイてる人生』の一部になっている」と感じ、体が活性化され、元気になります。
「この人のそばにいるとなんだか体が元気になる」と感じるわけです。
一方で主婦の中に、「私の人生は最悪。仕事も家庭もうまくいかないし、本当にロクな人生じゃないのよね」と言う人がいます。
彼女の愚痴を聞いた人は、潜在意識の中で「最悪な人生の一部を私たちが担っているんだな。私たちは、この人の不幸の原因になっていたんだ」と思い、シュンとしてしまうでしょう。
愚痴や泣き言を言うことで「人生を評論している」つもりかもしれませんが、結果的には家族から、友人から、神様から仏様から、すべてを敵にまわす(味方になってもらえない)ことになります。
「コーヒーとケーキの会」に(愚痴ばかりこぼす)この女性が参加する日は、ほかの人は来なくなってしまうのではないでしょうか。
『もうひとつの幸せ論』ダイヤモンド社
自治会やボランティアの組織で、不機嫌な顔をして不平不満や批判ばかり言う人がいる。
本人は正論を言っているつもりだが、聞いている人は、嫌な気持ちになる。
たいていは、口先ばかりで、自分では何も動こうとしない人だ。心の中で、「みんなのため」「会のために」といくら思っていたとしても、口から出る言葉が、批判や、不平不満ばかりだったとしたら、周りの人には批判や不平不満しか伝わらない。
お蕎麦屋さんに行って、心の中でいくら「天ぷらそば」と念じていても、口から出た言葉が「鍋焼きうどん」だったら「鍋焼きうどん」しか出てこないのと一緒だ。
口に出す言葉しか、周りには伝わらない。
「不幸だ」「アンラッキーだ」というのか、「幸せだ」「ラッキーだ」と言うのか。何気なくつぶやく言葉に愛がある人でありたい。
私の人生の中にも、こんな経験はたくさんありました。
今もこんな人のことは聞きます。
自分は正しいから他は排除するって……😱
他の人の生き方を学び、そんな考え方もあるとわかることでどんなに人生が豊かになることか❣️
不平不満を言うのではなく「幸せを感じるアンテナ」を張り巡らせ「あ〜幸せ」を感じて・言って…と思うこの頃です。
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